先日の渋谷・セブンスフロアのライブでは、またしても解説が間に合わず、申し訳ないことをした。そうです。「コツコツ」とは名ばかりの自堕落な私です。
気分を変えて、〈テイルピース〉の解説、いってみよう!
この曲はおなじみ栗コーダーカルテットの皆さんと共演の際、全員でやれる曲ということで作った曲で、初演はCotuCotu+栗コーダーカルテットで演奏され、その後、ロケットマツさんにピアノでリズムを弾いてもらうバージョンができました。
4分の4拍子のお気楽なリズム(ぶんちゃかちゃっちゃ/ぶんちゃ/ぶんちゃ)のうえに二つのパートが「かけあい」をするという前半部と、初演のときには栗原さんがメロホンで奏でてくれた牧歌的な後半部、この二つのパートの繰り返しで出来ています。(このメロホンが実に良い感じでした。)
全体的にスッキリした曲ですが、前半部は若干ひねってあって、「かけあい」最初の部分は表記上は4分の4拍子ですが、擬似的に8分の9拍子になっています。最初はヘ長調、その後、転調をくりかえし、アニメーション作家の野村辰寿さんいわく「ねじれちゃった感じ」に仕上がっています。
曲名は、弦楽器の弦をとめている部分のパーツからとっています。テイルにはシッポという意味もあって、アンコールに演奏したらいいんじゃないかという思惑もあってつけました。かけあい、繰り返し、という単純な作りが、いろんな演奏のしかたの可能性を広げてくれているので、他のユニットとの合同演奏に向いているとも言えます。一度、シタールの田中さんと演奏した時には、かけあいのところでメンバー爆笑でした。以上。
しまった!この曲、今回のライブではやらないんだ!...御安心ください。CDには入る(かもよ)のでこれを読みながら聴いてください。
というわけで、今回はもう一曲分、「グレゴリーの休日」だ。トットトいってみよう!
この曲が書かれたのは、96年12月くらいで、その年の大晦日に吉祥寺マンダラ2で初演された。初演の前に練習であまりにむずかしくて弾けないところを手直ししたので、人前で演奏されているのは第2稿です。(といっても、難しいと思ってひとつのフレーズを坂本君と三木で分けて書いたら、かえって難しくなって弾けなかったので、フレーズ全部を坂本君に押し付けたのです。ごめんなさい。)
タイトルのグレゴリーは、グレゴリオ聖歌を編さんしたといわれるグレゴリー1世のことで、ちょっとかたくるしいイメージの彼が、休みの日にお忍びで見聞きした、町や農村の様子をあらわした曲です。
冒頭部分、最初は三木がソロで、そして、坂本君、佐藤君がユニゾンで参加してくる部分は、譜面で書くと4/8、5/8、6/8、4/8、6/8、4/8、2/8・・・と、大変複雑になるのですが、これはグレゴリオ聖歌かと思いきや、さにあらず(坂本君ってこういう表現が好きだと見た。「いわんや」とか「よしんば」とか・・。私も好きだが、これって野球解説とか、梶原一騎とかに多用されている表現ではないか。ようするに我々の表現のオヤジ化が進行しつつあると言えよう。)では何なのかというと、「ねずみと王様」なのである。これは、私が子供の頃、親が買って来た絵本で、私の長男が「絵本を読んで」とせがむようになった頃、私の親がふたたび引っぱりだして来たものである。その冒頭部分「むかし、スペインというくにに、ひとりのおうさまが、ありました・・・」を子供に読み聞かせる時に、節をつけて読んだのが、譜面化すると異様に複雑な変拍子になってしまったのである。しかし、言葉をあててみると実にすんなり理解できるフレーズで、私達の、ことばにおけるリズム感覚というものが、意外に鋭敏であることに気づかされる。
さて、この曲の中ほどから後半にかけて出てくるパーツは、実は、ハイポジの「ジュンスイムクノテクニシャン」の録音のために用意した物だった。私のホームページ「Kota's Drawers」(http://www2.justnet.ne.jp/~afg/Kota's_Drawers.html)の中の「Discography」にも書いているのだが、この録音の時は、CotuCotu全員参加、坂本君は電チェロ炸裂・坂本節全開、佐藤君ベリー・プロフェッショナル・エレキベース爆裂、三木へんてこアレンジ(というよりは1曲別の曲を作曲)自爆という工合で、へんすぎて採用されなかった残骸を、すてるにすてられず、新曲の中に織り込んでしまったのである。ハイポジのもりばやしみほさんがふと言っていた「CotuCotuがやると労働歌みたい」というのは実は大当たり、さすがカンのするどいもりばやしさんだ。これはそのままグレゴリー1世が農村で見かけた農民の歌う労働歌になった。
「グレゴリーの休日」は、やがて坂本と三木が二つの旋律を交互に演奏し、終局にもつれ込んで行く。
さて、この曲を聴いた友人のF君は、「“グレゴリー”というのはカフカの小説の主人公、グレゴール・ザムザだと思った。」と述べていた。実はこれも正解。グレゴリーの休日の中には「前衛度の高い」(不協和音度の高い、変な拍子度の高い)部分がいくつか含まれている。これらの部分に注目すると、休日の牧歌的な風景の中に突然あらわれては消えて行く不安とか、不条理な世界とかを表現した曲とも言える。もし、こちら側の解釈からこの曲を見て行くと、坂本、三木が向かって行く終局は、現実の多くがそうであるように、陳腐で悲劇的なやるせない結末なのかも知れない。映画「未来世紀ブラジル」のエンディングのような。(「カフカなんとか・・」という映画もあったが、「ブラジル」のイメージの借用が多かったような気がする。)
今回は、楽曲解説の遅れを取り戻すべく、2曲分いってみたが、わりとテキパキしてたような気がする。ところで、前出のF君という人は、某有名企業で経理をやっている人で、アートファニチャーギャラリーの会計についてアドバイスしてもらったりしている。親切な人で、転勤して東京を離れてからも決算の時期にはわざわざ来てくれたりする。我々は曲当て友達で、車のラジオで、途中から聴いたクラッシックの曲の曲名を当てっこしたものである。この「曲当て」については、いずれあらためて言及したいのだが、ある日曜日の事、決算作業を手伝ってもらった後、彼を家まで車で送って行った時、ラジオからは弦楽四重奏(もしかするとピアノ曲だったかも知れない)が流れていた。我々はあらん限りの知識とウンチクを並べたて、これは初期のベートーベンだとか、モーツアルトの後期だとか結論付けていたのだが、彼の家の前についても曲が終わらない。しかたなく、車を道ばたによせて曲が終わるのをしばらくじっと待った。結果はハイドンで、二人で負け惜しみがてらにハイドンの悪口をぶちまけたのだが、はたからは日曜日の夜、別れぎわに痴話げんかをしているホモのカップルに見えたかも知れない。
三木黄太(1998年2月4日)